(1)ヒュペーリオン

 フリードリヒ・ヘルダリンの詩と小説を読んでいたのは、ドイツ文学などという浮き世離れした学問をミッション系大学で学んでいた頃のこと・・・。ようやくどうにか読めるようになった原文のドイツ語、ヘルダリンの代表作『ヒュペーリオン』は、そんな初心者の私にさえも、蒼空にはるかに溶け込んでいくような、深い深い透明な文体であることが分かりました。ともかく、ここちよく、でも心のどこかにひりつくような切ない痛みが感じられ、しかも、すうっと流れて消えていく、そんな柔らかなドイツ語でした。ドイツ語をこんなに優雅に書くことができるのか、と、生意気にも驚いていたハタチそこそこの私でした。

 18世紀の終わり、ちょうど世紀の変わり目の頃、文学史的にもロマン主義から古典主義への移行の時期、20代の青年・ヘルダリンが書いたのは、理想の女性・ディオティマに宛てた、ギリシアの青年詩人ヒュペーリオンの手紙というかたちの書簡体小説。

 あの英国の詩人バイロン卿も巻き込まれた、ギリシアの独立戦争に関わり、自らの情熱と現実のはざまで傷付いた詩人の物語は、透き通ったリリカルな文体で書かれているものの、決して弱いものではなく、また甘くもなく、むしろ厳しい挫折の歴史なのでした。

 ヘルダリンという詩人の伝記を見ると、当時、家庭教師として住み込んでいた家庭の女主人との悲恋、ということが出てきます。ヒュペーリオンの書簡の相手であるディオティマとは、彼女のことであるというのが定説。失われた愛の記憶と、彼方への憧れと理想、来るべき新世紀への予感に満ちた彼の詩は、今読み返してもみずみずしい息づかいが甦ってきます。

 その後筆を折ってひとりチュービンゲンの塔に閉じこもり、40年の歳月の後に亡くなった、という伝記的事実を知っても、痛ましさよりもむしろ、彼の若い日の熱い憧れをそのまま閉じこめ保存したような詩の完成度の高さにこそ、彼の人生の意味があったのではないか、と思えたのは、まだしもの救いだったでしょうか。

 ドイツ・ロマン主義の理想のひとつに、「永遠に未完成であること」ということがありますが、こんなにも若くして”完成”してしまったロマン派の詩人は、もはやロマン派としての存在意義を自ら放棄してしまったのかもしれません。そんなことを思うのは考え過ぎでしょうか。

 ・・・・そして、世紀は変わり、ドイツは古典主義の時代に入ります。『ヒュペーリオン』ののち、ヘルダリンはもう二度とペンを取ることはありませんでした。





 

 



            

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