(1)愛人ー1

" Il s'est fait connaitre et il m'a dit:< Je vous connais depuis toujours. Tout le monde dit que vous・・・・.
 マルグリット・デュラスの『愛人』"l'amant" は、最初はもちろん翻訳で読んだのですが、濃厚に漂う官能の香りに引き込まれました。病的と言えるぐらいの照れ屋で、「恋愛小説は甘ったるくて嫌い」などと表で主張していた自分でさえも、文章でこれだけエロスというものを伝えることができるとは、さすが・・・などと、舌を巻いたフランスの小説。

 この場合の「愛人」とは、le amant→ l'amant で、男性をさしていることは、原題を見ないと分かりません。女性の側から見た愛人、のことなのです。フランスに長く暮らして実際のフランス人のことをよく知っている友人によれば、フランス人の最大の関心事は、一生を通じて「恋愛」なのだそうですが、確かに、恋愛ものに関しては、映画でも小説でも、フランスものにはなかなか他の国の作家はかなわないところがあるような気がします。

 20世紀前半のフランス領インドシナ、現在のベトナムを舞台にしたこの小説は、まず、今はもうなくなってしまったフランス領インドシナという植民地、追憶の中にのみ存在する、どこにもない場所を舞台にしています。デュラス自身が生まれ育ったインドシナにおける15歳の頃の初恋を題材として、彼女がこの小説を書いたのは、なんと60年以上もたった後のことでした。それだけの時間を経過してデュラスの頭の中に結晶化した記憶の映像は、たぶん現実の当時のベトナムとはどこか違っているのかもしれませんが、むしろ現実よりも現実味を帯びて、名文家と言われる彼女の文体の行間から、熱帯のけだるい空気も熱気も、サイゴンの猥雑な通りの雰囲気や匂いまで伝わってきてしまうところに、ひたすら感服してしまいました。

 

 

 



            

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