(1)地獄の季節

 詩人、と言ったとき、誰もが思い浮かべるのは誰でしょうか。日本人ならたとえば中原中也、そしてたぶんアルチュール・ランボオ。

 一般的な詩人のイメージとしてランボオのような人、ということになっていたのが私の十代の頃だったのですが、つまりは破滅的傾向のある少年、でしょうか。・・・それは、中原中也のあの有名な帽子をかぶった写真とか、少年ランボオのいささか狂気をはらんだような、いかにも天才らしい風貌、詩の言葉の圧倒的な豊穣さ難解さからも、子供心には納得しやすいものでした。

 実際に、小説など散文の作家は年令を重ねた人が多いけれども、詩についてだけは、若い人がけっこういるものだ、と、後になって専門家の人たちに聞きました。それは、小説や評論だと人生経験や勉強して得る知識が重なってからでないとリアリティのある作品は書きにくいけれども、詩は感覚の鋭敏さ、世界との感応力、のような、一般にむしろ若者の方がすぐれている資質が出てくる場合もあるからで、必ずしも広範な知識や豊かな人生経験といったものが必要ではないからだ、との話。

 もう一つ知った現実は、詩人というのは生業としてはほとんど存在しないということです。詩を書くだけで生活できている詩人は、たぶん日本では谷川俊太郎ぐらいなものだろう、従って、著名な詩人でもほぼ全員が別に生活のための仕事を持っているのだと聞きました。詩集はまず売れるものではないので、ほとんど自費出版で自分で各界知人友人に郵送したり配ったりするのが現実。普段は民芸品店の主人だったり、企業のサラリーマンだったり、酒場の主人だったりして、実は詩人は文芸関係者の中では最も常識人でちゃんとした市民であることがほとんどだということでした。

 だとすると、プロの詩人、というのは、言葉の厳密な意味では、日本に今までも今もほんの小数しか存在していなかった、ということになりそうです。しかも、詩人として認められた人たちは、実際は社会的には別の職業で、むしろ小説家などよりもずっと真面目な市民であることが多い。ランボオのイメージのような破滅的な「堅気でない」狂人のようなキャラクターではまずあり得ないのでした。

 そういういささかつまらない?現実を知った後でランボオを見直してみたら、ランボオ自身、実はアフリカを放浪した貿易商人であって、ベルレーヌとの同性愛の愛人関係が破綻した後には詩を捨ててしまい、「成人した」20才以降、36才で亡くなるまでのランボオは自分を詩人とは思っていなかった、ということが分かりました。彼がエチオピアやソマリア、スーダンの灼熱の太陽の下、荒野や砂漠をさまよって象牙や皮革、奴隷まで商っていた頃、母国では彼の十代の時に書いた「地獄の季節」が徐々に評判になり、彼の名は詩人として知られるようになっていたことにも、彼は無関心であったようです。





 

(2)イリュミナシオン

 ランボオを描いた映画を2本見たことがありますが、一つは「ランボオ地獄の季節」で、テレンス・スタンプが主演でした。もう一本は90年代に入ってからのもので、レオナルド・ディカプリオ主演の「太陽と月に背いて」。

 テレンス・スタンプは主に成人してからのランボオ、アフリカでの放浪の場面が特に印象に残っています。砂漠で病み、現地人の輿に乗ってフランスへ向かうランボオ。荒れた岩砂漠を容赦なく照りつける熱帯の太陽は、あくまでもよそよそしく厳しく、カミュの「異邦人」で描かれていた異国の居心地悪さ、乾いた熱狂を思い出させるものでした。

 今では詩人の代表のように思われるランボオも、現実には10代の時に書いた「地獄の季節」「イリュミナシオン」あたりが作品の全てで、その後の大人としての人生はアフリカやアラビアを巡る一介の貿易商人、それも、それなりに実務能力のある商人であったようです。アフリカから彼が母親や妹、友人らに宛てたいわゆる「アフリカ書簡」が残されていますが、こちらはビジネスライク、散文的で、彼の詩とは全く印象の異なるものです。

 詩人を詩人たらしめるものは何か、といえば、実をいえば詩人自身よりも読者である、ということが分かります。彼は10代の頃にただ書きたかった詩を書き、それがベルレ−ヌら既に著名な詩人たちに認められたのだけれども、それで生活をたてるなどということは一度もせずに、成人し詩作をやめアフリカに旅立った。当時珍しくなかったであろうフランス人の普通の貿易商の一人として自他ともに認識し、少々荒っぽくもある移動の生活を10年以上続けた彼は、詩人であるよりむしろ、父親である軍人フレデリックに近い偉丈夫で、現地のフランス人たちからは胡散臭い山師的人物と見られていたようです。

 詩人であるアルチュール・ランボオとは、パリに残った知人たちや、彼の詩作品を読んだ読者たちが作り上げた伝説の人物でした。彼自身はむしろそのことは忘れたかったように見えます。アフリカを歩き回って貿易商として生業をたてることに専心していた彼の成人後の人生を、天才詩人の余生として見たり描いてしまうのが後世の私たちなのですが、もしかしたら彼自身にとっては、十代の詩作のことは大して意味をなさず、貿易商としての仕事とアフリカの大地こそが人生そのものだったのではないかと、それが本人の実感だったような気もするのです。彼が現実の人生において職業的に「詩人」であったことは一度もなかったのですから。

 少年天才詩人ランボオとは、あくまでも「読者側にとっての」リアリティのある人物像なのだと思います。詩人には自ら望んでなるというよりも、いつの間にかならされてしまっている、というのが近いのかもしれないと、彼の場合を見ているとつくづく感じるのです。

 

(3)太陽と月に背いて

 レオナルド・ディカプリオがランボオ役を演じた「太陽と月に背いて」(’95)は、アニエスカ・ホランド監督が、10代の少年詩人としてのランボオと著名な詩人ベルレーヌとの同性愛関係に集中して描いた映画作品。こちらは普遍的な恋愛のストーリーとしても見ることの可能な、感情移入しやすいキャラクター設定になっていました。

 既に名声を得て当時としては中年の域に達し、結婚して家庭を持った27才のベルレーヌが、16才の少年ランボオに出会ったとき、まだ新婚といっていい妻のことも、子供のことも忘れてしまい、ひたすら彼の底知れぬ才能に魅入られてしまう。気まぐれで粗暴で、しかし気位高く傷付きやすい天才ランボオは、彼にとって御しがたい野生動物のようで、愛した弱味から、常時彼のご機嫌を伺う奴隷のようになってしまいます。なにもここまで、と思うほどの女々しさを見せる紳士ベルレーヌの純情は美しく見える域を超してしまっているのですが、そんな彼の心情も、ランボオの放っていたと思われる強烈な魅力についても、納得できるものがありました。

 ランボオは繊細で内気な少年詩人、という少年の頃の見かけのイメージとは全然違い、むしろ骨太な生まれつきの放浪者であり、彼の家族の男性は父をはじめ皆外国を点々とする軍人であり家に留まらない者ばかりでした。そういう野生の血、放浪者の血が彼を内面からつき動かし、彼を愛し近くに留めようとする者たちから常に逃れようとする力が働く。そして
そのことが余計に人を惹き付けてしまう、という矛盾した状況に、はまり込んでしまったのがポール・ベルレーヌだったのかもしれません。ランボオは優雅な美少年であったからベルレーヌがのめり込んだわけではなく、むしろジャングルの猛獣のような男っぽさがランボオの本質で、ベルレーヌがますます女々しくなってしまうのは当然の成りゆきだったでしょう。

 ベルレーヌはランボオと共に家を出てベルギーやロンドン、ヨーロッパ中を放浪することになります。妻やランボオの母親ら、家族との葛藤を経て、自分から離れようとするランボオをついに銃撃したベルレーヌは、逮捕され収監されることになり、これが彼らの最後の別れとなりました。

 

(4)アフリカ書簡

 ベルレーヌと別れた19才のランボオはその後すぐに「地獄の季節」を書きあげ、それから詩作をやめてしまいます。軍隊に入ったり外国に行ったりして、やがてアフリカで貿易の仕事を始めたランボオは、商人としての生活とアフリカ・アラビアの乾いた大地に魅入られたように、ランボオ家の男性らしい放浪の人生を歩むことになるのです。

 これだけ詩人らしい詩人として有名なアルチュール・ランボオが、現実には詩というものに自分の人生の中でそれほど重きを置いていなかったらしいことに気付いたのは驚きでした。彼は詩人であるよりもまず、19世紀のヨーロッパ人によくいた放浪者・開拓者のタイプであり、詩作は彼の人生にとっては10代の通過点に過ぎなかったのかもしれません。彼がいなくなったパリでだんだんとランボオの名が広まっていたことは、彼自身には無関係なことで、それよりも何よりもアフリカの太陽こそが彼をひきつけてやまなかったのではないでしょうか。

 彼が30代半ばにして行路病者のように砂漠で病み倒れたとしても、それは詩人としての挫折や余生の不幸などではなく、先覚者としての必然的な結果だっただろうと思います。彼が思い残すことがあったとしたら、詩のことよりもむしろアフリカの象牙や皮革の貿易の仕事についてだったかもしれません。

 ランボオの成人してからの人生は、天才詩人の不幸な余生ではなく、ひとりのアフリカ貿易商人の未完の人生としてとらえるのがむしろ自然ではないでしょうか。少なくとも本人の視点から見ればそうだったかもしれないと思います。詩人アルチュール・ランボオとは、本人がなりたいと思ったものではなく、読者が作品から思い描いた仮想の人物像でした。詩人ランボオを何よりも必要としていたのは彼自身でなく、むしろ私たち読者の方なのです。

 もしかしたら、ランボオに惹かれる私たち読者も、ポール・ベルレーヌと同様の過ちをおかしているのかもしれません。ランボオは私たちが作った少年天才詩人のイメージから永遠に逃れ続け、ひとりアフリカの大地をさまよい続けています。詩人ランボオを捕まえることが決してできないことに気付いているからこそ、こんなにも私たちは彼のことが忘れられなくなるのかもしれないのです。



 



            

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