(1)紅楼夢ー1

 中国の古典の小説というと、西遊記、水滸伝、などなど、ボリュームたっぷりの大長編活劇ものがまず思い浮かびますね。三国志のような歴史ものだとか、ともかく空間・時間・登場人物の人数・人物のキャラまで、すべてにおいてスケールが大きい。長い・エピソードが入り組んでいて、前の話を忘れてしまうのでストーリーのつながりが分からなくなる・登場人物の数が多すぎて名前を覚えきれない、といった特徴は、たとえばロシア文学などにもよく言われることで、「大陸的ですね」と、まあひとことで言えばそうなる・・・

 いまどきの日本人は細かいスケジュールに従って毎日忙しく生活しているため、そういう長いめんどくさい小説など読んでいる者はそれだけで奇異の目で見られてしまうでしょう。いえ、実をいえば、失業率が上がっていて、高齢者人口も増加の一途、本当は時間のある人はたくさんいるはずなのですが、「ひまじん」と思われるのを恐れ、怠け者と後ろ指をさされるのもこわく、要するにいまどき忙しくない者は社会に取り残された落ちこぼれとみなされる傾向があるものだから、そう見えないように、そんな小説など読んでいるひまはない、というポーズを取らざるをえないわけ・・・と、そこまで周りの目を気にするのも病的ですが、とりあえず、他の人と同じようなことをしていないと寂しい、というのも普通の日本人にはよくある気分ではないでしょうか。

 私のような小心者の凡人ですと、そういった余計な軋轢が生じるのが面倒なので、少なくとも人前ではいまどきは中国古典だのロシア文学なんて読んでいられません(笑) もし失業などしたりして、さあ時間があるぞ、となったとしても、小説なんて読んでる場合か、と、むしろ周りに冷たく当たられるのがこれまた普通のパターン・・・・針のむしろの上で、ずっと浮き世離れした古典小説なんて読んでいられるほど意志が強くない自分は凡人であります・・・ずっと以前、イギリスに長期滞在していた時、イギリス人の失業中の若者が、別に焦りもせずゆうゆう、堂々と、彼女に養ってもらいながら日がな一日三島の小説など読破していたのを、驚きと羨望の目で見ていた私・・・明るい失業、幸せな失業者が存在できるのは、やはり先進国ならではだし、人の目を気にしなくていい文化社会だからなんだなあ、と、つくづく・・・私だと、どうしても、本心はうれしかったり幸せでも、人前では暗く見せなきゃ、と、ピリピリしてしまうと思います。そう、私は精神的に自立ができていない古いタイプの日本人なんです・・・

 おっと、愚痴を言うのが目的ではありませんでした。楽しい中国古典小説のご案内をしようと思っていたのに。で、『紅楼夢』という明代に書かれた小説は、中国小説としては大変珍しく、恋愛・色恋を主として描いた『源氏物語』ふうの作品です。以下つづく。


 

 

(2)紅楼夢ー2

 『紅楼夢』が他の中国古典小説と比べて珍しいと見えるのは、まず閉ざされた空間に生活する貴族の話、というところです。明の時代の貴族が主人公で、彼の人生において最大の責務・存在理由は世継ぎを作り家を存続させること。・・・・立場的には平安貴族などと似ているので、中国の源氏物語、というとりあえずの理解の仕方はそう的外れではないでしょう。・・・主人公の宝玉は輝く美少年で、広大な屋敷と庭園の中で正妻・愛妾など多くの美女・美少女に囲まれ、夢うつつの色恋にふけって生活します。何しろ、それが生業?なのですから、誰も文句は言いません。

 平安貴族たちが、あれほど恋の歌を残しているのも、単に暇だったというわけではないのです。当時の彼等の平均寿命はたぶん30歳にも満たないぐらいだったでしょうし、持ち時間そのものについていうなら、現代の私たちのほうがずっとひまであってよいはず・・・・(実をいえば、これは危ない考えかもしれませんが、私たちがひまを持てないのは、長生きするために仕事をしなければいけないからかもしれません(笑))平安貴族たちにとっては、短い持ち時間のうちに、いかにして数多くの子供を作り、リスクを分散して(何しろ当時は幼児死亡率が非常に高く、生殖年齢に達するまで生き延びる子供は少なかったので)、確実に子孫を残し、娘に有力者の子供を産ませて家を繁栄させるか、が生きる道であり目的だったのですから。・・・と、こんなことを言ってはみもふたもありませんが、要するにそういうことです。どうも、私は色恋に対してどうしても照れてしまい、興ざめなことを言って相対化しないとその世界に入り込めないおやじ気質があって困ります(笑)

 さて、宝玉の恋人たち、美少女や美女がそれぞれ個性を持っていて、彼女たちとの関わりや一人一人の運命について展開するストーリーを読んでいるだけでも、源氏を読んでいるのと同様、女の子(おばさん)には面白いのですが、特に印象に残っているのは林黛玉(りんたいぎょく)という美少女でした。彼女は宝玉の幼なじみでもあるのですが、体が弱く、結核で若くして死んでしまいます。その分、性格は気位高く神経質なところはありますが、はかなげでいながら凛とした美貌が心に残り、宝玉にとっては忘れられない永遠の恋人となります。



            

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