青池保子 プリンセスコミックス 秋田書店

(1)エロイカより愛をこめて−1

 「エロイカより愛をこめて」は、もう20年近く続いている青池保子の大河コメディです。最初は冷戦時代のスパイもののパロディのようにして始まったのですが、1989年以降冷戦構造が終結、いろいろと趣を変えて続いています。

 主人公は2人のおじさん(30代)で、イギリス人美術品泥棒の耽美派同性愛者エロイカと、ドイツ軍人でNATO情報部のこわもて堅物のクラウス・フォン・デム・エーベルバッハ少佐(のちに中佐に昇進)の、両極端のキャラクター同士の奇妙な友情を軸にしたストーリーになっています。少佐の敵役としては、KGBのスパイでコードネーム・小熊のミーシャという40代とおぼしきスキンヘッド・こわもて大柄のグラサンおやじがレギュラーメンバーの筆頭でしたが、冷戦後は友好関係に変わってきています。

 少佐の情報部には24人の部下がいて、それぞれ部下A(アー)、部下B(ベー)、・・と、部下Z(ツェット)までアルファベットのコードネームがついていますが、真面目で忠実な血液型Aの部下A、マイペースで物事を気にしないB型の部下B、新人の美青年Z、女装が得意な少女趣味のG(ゲー)など、楽しい個性派ぞろい。少佐はがちがちの硬派でサド目三白眼の肉体派美中年で、部下は皆彼を恐れています。従って少佐は軟派の同性愛者であるエロイカが大嫌いなのですが、エロイカの方は少佐に惚れていて、何かというと少佐の戦いの場にからんできて調子を狂わせます。いつも軍服を着ていてかたぶつの少佐をエロイカはからかい、長い巻き毛にフリルのブラウスという派手なファッションのエロイカを少佐はちゃらちゃら女々しいやつ、と軽蔑のまなざしで見ています。

 もう一人、重要な傍役キャラクターとして、エロイカについている会計士のドケチ虫・ジェイムズ君も忘れがたい。いつも何かと浮き世離れした、夢みがちな言動ばかり吐いている貴族趣味でお耽美なエロイカに、常時せこく日常リアリズムの突っ込みを入れてバランスを取るのが彼の役割。エロイカが古代ギリシア美術について蘊蓄を垂れながら自分の空想の世界にうっとりとひたっている横で、ジェイムズ君が電卓片手に小銭を数えたりエンゲル係数を計算したり、道に落ちている小銭を拾い集めたりしている場面がそれだけで笑えます。少女漫画の世界にありがちなナルシスティックな陶酔を茶化して相対化することこそ彼の存在理由であり、青池保子の中にあるオヤジ的な照れの表現ではないかと思います。

(2)エル・アルコンー鷹

 ピカレスクロマン、などと言うといかにも古風な感じがするけれども、悪人を主人公にしたフィクションのことで、古代ローマ時代からあるれっきとした小説の古典的ジャンルのひとつ。少女漫画で男性を主人公にした作品が増えてきた70年代以降では、男性同性愛を描くことで間接的にエロスを描いていたのが男性主人公の役割の主たるものでしたが、中にはこういうピカレスクロマンに属する作品もごくわずかながら見つかります。

 子供のころからある意味分かりやすいひね方?をしていた私はいつも主人公よりも悪役が大好き!だったので、少女漫画に出てくる相手役の男性キャラクターには大いに不満?で、癖のあるライバル役の男性キャラクターや悪役にしびれていたのでした。

 青池保子も、たぶんそういう好みというか感性があったのかもしれないと思います。「エロイカより愛をこめて」では、同性愛者で女性的ルックスのエロイカが主役のはずなのに、悪役あるいはライバル・引き立て役で出てきたはずの少佐の方に思い入れが大きくなったのか、ずっと出番が多くなりことさら魅力的に描かれるようになったのですから。エロイカも少佐も女嫌いというところも、分かりやすいひね方の女の子たちには受けたのではないでしょうか。やっぱり、マンガの中でだって、他の女性(マンガのヒロイン)に心を奪われる男性には思い入れができなくなりますから。そのヒロインに自己同一化ができないような、つまりは一般的少女漫画の主人公の女の子像と自分がかけ離れていると自覚している女の子にとってはそうだろうと思います。

 「七つの海七つの空」でエリザベス朝時代の英国を舞台にした歴史ものを描いて、その時のサド目の悪役(少佐とルックスそっくり)に入れこんだ青池保子は、「エル・アルコンー鷹」で、その悪役であったスペインとの混血の英国海軍士官にして海賊でもあるティリアン・パーシモンを主役にして、まさしく悪の華全開の魅力を描ききっています。

 海を舞台に戦うために生まれてきたような彼は、冷徹で大胆でもあり、女性に本気で惚れることもありません。女性は利用するための道具であるか、あるいは女海賊ギルダ・ラヴァンヌのように、よきライバルであるかのどちらかで、決して情に流されず冷酷に扱います。部下たちは彼を恐れつつ信頼もしているのですが・・・

 「あなたは美しい・・・」などと言いながら、抱き締めたその片手で恋人の胸にナイフを突き立てたりする場面さえ、できすぎとは言いながら、10代の頃の私にはたとえようもなくセンシュアルに感じられたというのは、やはり例外的な感覚だったのでしょうか。



 



            

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