森川久美 花とゆめコミックス 白泉社

(1)ドルコンスキイ公爵夫人

森川久美は、萩尾望都、竹宮恵子、樹村みのり、といったいわゆる(昭和)24年組よりもいくぶん後の世代の作家です。彼女の作品は歴史ものが主で、ルネッサンス期イタリアやバラ戦争の英国、19世紀のヨーロッパ、1930年代の上海、中世の日本、といった、クラシックなドラマの舞台として適切な時代設定がなされています。その独特の耽美的な作品世界は少女漫画ならではとも言えるのですが、歴史に関する確かな知識と独自の視点がそれを単なる絵空事や感傷に終わらせず、読者の心に長く残る何かをもたらしているように思います。

 「ドルコンスキイ公爵夫人」('77)は、ロシア革命を背景とした小品です。あるフランス人の若いかけ出しの小説家が、自分の作品が受け入れられないパリを逃れてペテルブルクに滞在し、そこで年の離れた夫と心の通じ合わない孤独な若い公爵夫人リーリャに出会い、人目を忍ぶ仲になります。やがて火遊びの域を超えて本気で彼女を愛するようになった彼はリーリャと共にフランスに戻ることを考えますが、彼女はその勇気が出ず、彼はリーリャの臆病さを非難し想い出を振り切ってひとり帰国します。やがて8年の年月が流れ、売れっ子作家となった彼のもとに、ロシアの革命に巻き込まれてドルコンスキイ公爵夫人が死んだという知らせが届く・・・

 ストーリーはまさしく定石どおりなのですが、このごく短い作品に深く感動させられたのはなぜだったのでしょうか。森川久美の作品では、どこまでも歴史の敗者が主役になっています。それも、運命に抵抗し最後まで戦うような定番少年漫画の主人公とは違い、運命を淡々と受け入れてゆく、あるいは一歩を踏み出すことができず否応なしに流れに巻き込まれて飲み込まれてしまう、いわゆる弱者です。道義的に考えれば、何の抵抗もせずに運命に流されるのはいけないことかもしれません。ただ、現実の歴史上、戦うことすらできずに犠牲になった人たちというのは事実としてたくさんいたはずなのです。そこまで考えなくとも、ドラマにおいてひたすらな美を追求するならば、滅びの美というものはそれだけで一つの完成形となり得るでしょう。

 ここは森川久美の独特の滅びの美学、ということでそれを堪能した方がいいだろうと思います。それまで読んだ他の漫画であれば、公爵夫人は恋人を追ってどこまでも行くだろうし、それで大長編になるかもしれないのに、ただ弱気なだけで行動できず、そのまま別れてしまうヒロインに、むしろリアリティさえ感じてしまったのは、自分がやはり弱気で平凡なタイプだからだったのでしょうか。波乱万丈のドラマの似合うタイプと似合わないタイプがいる、ということを、私は既に知っていました。もしかしたら、24年組よりも後の世代になる森川久美にも、そういったある種の現実に対する諦めまたは醒めた感覚があったのかもしれないと思います。歴史に流されゆく人間の滅びの美学をひたすらな耽美的表現で描く彼女の作品世界の根底には、そんな世代的気分が横たわっているのでは、などと思うのは考え過ぎというものでしょうか。

  一瞬胸の奥にあの日々がよみがえる
  時の流れをこえて今めぐる なつかしい夢ー
  
  夢のために死ぬことはむつかしい
  それはあなたが教えてくれたこと

  リーリャ 心弱き乙女
  北の国で散ったひとの 
  葬いにー
  引用 『青色廃園』花とゆめコミックス

(2)君よ知るや南の国

 「君よ知るや南の国」は、1847年、オーストリア統治下にあったイタリア・ミラノを舞台にした物語です。イタリア貴族の気の強い令嬢ヴェネレは、オーストリア人の男友達のマキシミリアンらに囲まれ、幸せな日々を送っていましたが、そこに現れた陰のある美青年アントニオに強く惹かれるものを感じます。アントニオはオーストリア士官の婚約者を誘惑して決闘で士官を殺したりする冷血の殺人者でしたが・・・

 彼は実はオーストリア支配に抵抗するイタリア人の組織の一員カルボネリーア(炭焼き党員)であり、16年前に失敗したローマ蜂起のメンバーの1人だった公爵の息子でした。公爵の遺児である幼い姉弟は牢獄に幽閉されますが、姉だけは許されて親類のもとで育つことになります。そしてその姉こそが、ヴェネレその人でした。10数年を牢獄で孤独に育ったアントニオは、オーストリアに対する復讐の念を生き甲斐とする青年に成長していたのでした。

 恋情さえ抱いた相手が血を分けた弟だったことを知り、ヴェネレは捕らわれたアントニオを救い出そうとしますが・・・

 この物語の舞台設定は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「夏の嵐」を思い出させます。「夏の嵐」では、アリダ・ヴァリ演ずるイタリア貴族の夫人がオーストリア士官との不毛の情事にのめりこんでいきましたが、こちらは姉弟の物語ということで、より古風で清澄な復讐の悲劇といった趣になっています。森川久美のヴィスコンティへの傾倒は明らかで、この作品中でも現実に彼の先祖に当たるミラノのヴィスコンティ伯爵がアントニオを支援するカルボネリーアの指導者の1人として重要な役で出てきます。

 歴史に流され飲み込まれる犠牲者としての美青年アントニオの姿は、「ヴェネチア風琴」のジェンティーレや「空の戴冠」のリチャードらと通じるキャラクターであり、森川久美の独特の滅亡の美学を体現していると言えるでしょう。名も知れぬ死者たちの命のつかの間の輝きを彼らを通してとどめようとしたのか、そういった歴史への哀惜の表現であるのか・・・たぶんそれは考え過ぎかと思います。森川久美が試みたのは、純粋に美しく浪漫的な物語を構築することで、そのために必要十分な舞台設定と人物造型をなしたのだろうと思います。けれども、それを分かっていてもなお、この一見現実離れした古風な物語に、何か人間や歴史についてのリアルな本質を考えさせるものをどこかで感じてしまうのは私だけだったでしょうか。

 ヴェネレはマキシミリアンの助けを借りてアントニオを牢獄から救出することに成功しますが、アントニオはそのまま次の戦いに赴くため姉に別れを告げます。やがて1848年のイタリア独立戦争が起こりますが、結局オーストリアに鎮圧され独立は成功しませんでした。パリに亡命する直前のヴィスコンティ伯がヴェネレのもとを訪れアントニオの死を知らせます。ヴェネレは弟を思い、ひとりテラスで泣き崩れるのでした。

  「伝えてくれと言ってました。
   ・・・・・
   自分が戦うのは夢の中のイタリアのため
   あなたは彼の恋いこがれる
   イタリアそのものだったと−   」

            引用「ヴェネチア風琴」白泉社花とゆめコミックス

(3)シメール

 森川久美は金沢出身ですが、この世代の少女漫画家で金沢出身・在住のグループが形成され、商業誌には載せられないようなマニアックで地味な作品を仲間うちで同人誌を作って載せていたことも、熱心な読者たちにはよく知られていました。独特のメルヘン風絵柄と英国を舞台にしたストーリーで知られる坂田靖子や、妖精ものに独自の存在感を示し惜しまれながらガンで夭折したかいゆきこ、その実妹に当たる幻想耽美派波津彬子・・・いわゆる金沢派の作家たちは、凝った唯美主義的絵柄や浪漫的ファンタジー・メルヘンの表現に共通するものがあるように思います。

 絵においてもストーリー構成においても、古典や歴史に関する豊富な知識がベースとなっていて、絵や場面の美的完成度を追求するあまりにプロットに破綻をきたしたり、あるいは人物造型が意識的にステレオタイプになっていたりするところは、やはり金沢出身の泉鏡花の小説世界を思い出させられます。地元の伝統工芸である金銀細工の職人の家に生まれた泉鏡花の感性に、生育過程で自然と刻み込まれたに違いない絢爛たる色彩感覚や、血の作用としか思えない土俗のフォークロアの臭いを、あの驚くべき孤高の作品群が明らかに示しているのですが、森川久美のいくぶん硬質な耽美的作風にもそれに近いものが感じられるように思うのは私だけでしょうか。

 森川久美は加賀友禅の絵画的装飾美に惹かれ、また、華道は草月流に親しんだということですが、どこか大胆であったり現代的感覚さえ感じさせる、伝統を固く守りつつも中心からはずれたローカルであるためにある意味で自由さのあるこれらの表現もまた、彼女の漫画の世界と通じている気がしてなりません。

 「シメール」('77)は19世紀末のパリを舞台にしたアルカイックな復讐譚・ピカレスクロマンです。幼い頃に罠にかけられて両親を殺された美青年イヴ・ラクロワが、大道芸人から人気舞台俳優となり、両親を破滅させた仇敵の実業家たちへの復讐を遂げていく、という定石通りのストーリー。イヴは森川久美の作品に必ず登場する女性的な美貌のパセティックなキャラクターです。

 ピカレスクロマン、いわゆる悪漢小説は、悪人を主人公とした物語で、ジャンルとしては古代ローマ時代からある古典的なものですが、この頃の少女漫画において主流とは決してならないまでもひとつの伏流とはなっていたように思います。シンプルな分かりやすい勧善懲悪ものがますますリアリティをなくしていく時代にあって、甘美な悪の香りはことさらに魅力的なものでした。少女漫画の世界においては、女性的なルックスの美青年や美少年が冷酷にマキャベリズムを体現したりするストーリーが主であり、「美しい悪」という観念に言いようもなくセンシュアルなものを感じて惹き付けられました。もちろん現実とは大きく乖離しているのだけれども、悪とエロスとの結びつきというものを少女漫画というジャンルで表現しようとすることは、実はそれまではほとんど見られなかった試みだったのです。

 イヴは復讐のため、仇敵の実業家の娘である清純な少女アンヌ・マリーを誘惑して転落させ、悲惨な死に追いやります。アンヌ・マリー自身には何の罪もなく落ち度もないにも関わらず、仇敵の愛してやまない対象であるというそのことのために、イヴは彼女に対する良心の呵責を感ずることがありません。自分をひたすらに愛する相手を冷酷に見捨てたり、あるいは顔色ひとつ変えずに自らの手で殺したりする美青年のキャラクターは、やがて青池保子の「エル・アルコンー鷹」で完成を見ることになるのですが・・・・

(4)空の戴冠

 歴史上の人物も、視点を変えて見るとそれまでの一般的イメージとは全く別のキャラクターになることがあります。「空の戴冠」('76)は、シェイクスピア劇などで悪名高いリチャード3世を主人公として、彼の視点からバラ戦争の時代の英国を見た作品です。

紅バラのランカスター家と白バラを紋章とするヨーク家の英国の王位継承を巡る争いであった通称薔薇戦争は、1455年から85年まで30年にも及ぶ長い内戦でした。1460年ヨーク公リチャード・プランタジネットが戦死した後、エドワード、ジョージ、リチャードの3人の息子が残されます。

 父の跡を継いでヨーク公となった長子エドワードは金髪碧眼の美男子で、武勇にすぐれた生まれながらの王の器でした。ジョージは少々軽薄なところはあるが好人物、末子リチャードは黒髪の内向的・思索的な性格で、金髪をきらめかせる自信に満ちた兄弟たちとはどこか肌合いの違いを感じていました。親類でもあるウォリック伯の居城に身を寄せたリチャードは、兄エドワードと同じ金髪のウォリック伯令嬢アンに心を惹かれます。トーマス・マンの「トニオ・クレーゲル」のトニオのように、繊細で内気な黒髪のリチャードは、自分とは正反対のまぶしく強い金髪の美青年のエドワードや美少女アンに圧倒されつつも惹かれ続けます。

 敵に捕らわれたエドワードを救出して兄と共に戦い、逃れて渡ったオランダで、戦いに疲れ切ったリチャードは、そこまでしてなぜ王冠にこだわらなければいけないのか、とエドワードに疑問をぶつけるのですが、エドワードはこう答えます。

 「私はヨークのエドワードだ そう生まれついた
  戦いがあり大勢の者が死んだ その中には父の血も入っている 私は血まみれだ!

  それから逃げることはできない 私がすすんで浴びた血だから!
  私には生きて王になるしかない」

 それを聞いたリチャードは、「この人は・・生まれついての王だ・・・勝利をめざす そのことによって人生の王なのだ」と、己の弱さを恥じ、「あなたに従います」と、兄への忠誠を誓うのでした。

 やがて兄弟の戦いは勝利をおさめ、リチャードは兄をついに念願のイギリスの王位につけることに成功しますが、国王となったエドワードの、弱い者を顧みることなく犠牲にして何も感じることもない無慈悲さに違和感を覚えるようになります。彼がひそかに思いを寄せていたアンも、エドワードは一時の慰みものにして捨て去り、不遇に不満を抱いていた弟ジョージも処刑してしまいます。リチャードは遂にアンを妻としてロンドンを離れヨークシャーへ向かうことを兄に告げます。

 「私がいつお前をうとんじた リヴァーズは有用だ だから使ってるだけだ
  それでも奴の権力が気に食わないなら 横領罪でもでっちあげて首切り台に送ったらどうだ!」

 こう言うエドワードに、リチャードは答えます。

 「あなたならそうするだろう」

 「そうだ おまえはしない 私にはわかっている おまえはそういう人間だ
  私がなぜ怒るかわかるか お前のそんな所にひかれているからだ」

 兄のこの言葉に、リチャードはただ許しを乞いヨークシャーへと向かいます。
 ヨークシャーでのアンと二人の平穏で幸せな日々・・・やがてエドワードの死が知らされ、ロンドンに呼び戻されたリチャードは、リヴァーズ伯の陰謀により次期の国王とされることになります。兄の2人の遺児を退けた王位纂奪者の汚名をかぶることになった彼は、孤独な王位に就きリチャード3世として自らの手を汚していく運命に巻き込まれていきます。

 やがてランカスター勢力が巻き返しボズワースの野で対峙することになったリチャードは、14年前の戦いでの若き兄エドワードの面影を思い浮かべます。

  彼は美しかった 力 威厳 悪も目標のためには正義と信じる強さ
  それは私には いや彼以外の誰にもないものだった
  私は金色の獅子に憧れた

 リチャードには兄のような強さは生まれつき備わっていませんでした。美しく冷酷な兄・・・しかし、だからこそ彼はエドワードを愛してやまなかったのです。

 「陛下 王冠を!」
 
 こう呼び戻そうとする部下の声を振り切り、リチャードは帰ることのない戦いに進んでいきます。

 「すてておけ! そんなものに心動かされたことはない!」

 こうしてリチャード3世は戦死、ランカスターのヘンリーが即位してヘンリー7世となり、ここに30年間におよんだ薔薇戦争は終わりを告げるのです。

 強く美しく酷薄な金髪の兄と、内気で心弱く優しい黒髪の弟、という対比的な人物設定は、対照的な性格の兄弟の葛藤を描く聖書のカインとアベルの物語を始めとして、「エデンの東」などにも見られるお決まりのパターンの一つなのですが、それを歴史上の極悪人とされるリチャード3世の物語に援用したのは独自の発想ではないかと思います。自らが正義であることを決して疑うことのない強さを持つ野心家エドワードと、己の弱さを自覚し王冠を望まないリチャードの対比にはあるリアリティを感じることができます。エドワードへの愛も憧れも結局遂げられることのないままに歴史の闇に消えていったリチャードの姿に、私は言いようもない感動を覚えさせられたのでした。



  

(5)プリマヴェーラ

 森川久美のイタリア・ルネサンスものには、「ヴェネチア風琴」「花のサンタマリア」のような耽美的悲劇もありますが、「カスティリアの貴婦人」「プリマヴェーラ」のようなハッピーエンドのコメディもあります。どの作品にも男装の麗人や女装の美少年が出てくるところも特徴で、時代設定としてコスチュームプレイを存分に楽しめるというルネサンス期の利点をよく生かしていると思います。

 「プリマヴェーラ」は15世紀中ごろの北イタリア、フェラーラ公国が舞台。人々に「プリマヴェーラ」(春の女神)と呼ばれて慕われる大公の娘で公国の摂政ドンナ・フィリベルタは、ある祭りの夜、恋人であるミラノ貴族ロレンツォと共に仮面をつけてお忍びで町に出ていましたが、そこで人々に異教徒としてさげすまれているトルコ人の美しい旅芸人アーマドを助け出して宮殿に連れて帰ります。

 容姿は花のように美しいけれども毒舌のアーマドに同情したフィリベルタは彼女をお抱え音楽師として雇うことにしますが、その時アーマドが実は女装していた男性だと分かり驚きます。大公の娘であるフィリベルタに対してもずけずけと無礼なもの言いをするアーマドですが、楽士としての腕は確かでした。

  イラムの園は薔薇もろともに朽ちはてぬ
  昔をしのぶは 水のほとりの 白い花群

 琵琶に似たトルコの楽器を鳴らしながらけだるく哀愁を帯びた東方の歌を歌う彼は、ふだんのふざけた無礼なアーマドとは別人のように憂いを帯びた雰囲気が漂っています。フィリベルタはそんな彼の姿にふと心を揺さぶられるのでしたが・・・

 彼女の恋人であるロレンツォは、アーマドを見て驚いた顔をします。二人は旧知の間柄でした。

  お前だとはわからなかったぜ サラディン
  オスマントルコの王子が 乞食芸人になるとはな

  僕の自尊心は政争の道具であるより 乞食をしようと道ばたで歌を歌おうと
  「ただの人間」であることを選ぶよ
  チェスの駒じゃあるまいし 政治にもて遊ばれ
  いつもいつも 刺客の影におびえ

 アーマドはオスマン‐トルコ帝国の王子で、政争に巻き込まれてイタリアに亡命したのですが、そこでも刺客に追われ、王子の身分を捨てて旅芸人に身をやつして放浪の旅を続けていたのです。ロレンツォもミラノの貴族ではなく、ヴェネチア共和国の刺客でした。彼はフェラーラ公国を混乱に陥れるため、摂政であるフィリベルタの命を狙って入り込んでいたのです。

 アーマドは身分を知られてまた刺客に追われる生活に戻るのを恐れ、ロレンツォのことを他人に話すのを控えますが、自分を助けてくれた心優しいフィリベルタだけは見捨てることができません。

  ロレンツォを愛してますの? 
  あなたをだますのはわけないことでしょうね 宮殿の中しか知らない箱入り娘さん
  ましてやあいつは人をだますのが商売!

 恋人に対する中傷だと思ったフィリベルタは彼と言い合い、怒ってアーマドを宮殿から追放してしまいます。アーマドは姿を消し、彼女は彼の存在がいかに大切なものであったかにようやく気付くのですが・・・

 彼が姿を消して1週間後、ロレンツォがとうとう刺客としての正体をあらわしてフィリベルタに剣を突き付けます。突然のことに呆然とする彼女の前に現れたのは、やはりアーマドでした。彼はロレンツォと戦って彼を倒し、フィリベルタはついに彼の本名を初めて呼びます。

  サラディン・・・・

  これで出ていけます フェラーラを
  あなたが好きでした  マドンナ

 そう言って去ろうとするサラディンに、フィリベルタは駆け寄り彼の胸に飛び込んでいきます。

  命令は取り消しです ここにいなさい
  あなたが好きです

 こうして、トルコ人サラディンの長いさすらいは終わります。・・・・ルネサンス時代の歴史をひもとけば、ボルジア家全盛の頃のローマにオスマントルコ帝国の王子が人質として滞在していたことが史実として分かりますが、それをこのようなラブストーリーに変えたのは森川久美のオリジナルの発想。現実としてはイスラム教徒であるオスマン‐トルコの王子とキリスト教徒のイタリア半島の公国の公女が結ばれることはあり得なかったでしょうが、東洋人である私にとってはこの作品は実にエキゾチックでロマンのある恋物語に思えたのでした。



 

 

(6)ヴェネチア風琴

 ヴェネチアという町は、少しずつ水没していく水の古都であると言われますが、ローマ時代から中世、ルネサンスと長い歴史に彩られ、爛熟しきって腐敗し崩れゆくすれすれの退廃的ともいえそうな文化があり、洗練を通り越してゆがんだ真珠のような特異な美意識が感じられるように思います。そういった死の匂いのする古都の逃れようのない不可思議な魅力を描いたのはトーマス・マンの「ベニスに死す」でしたが、マーラーをモデルにしたとおぼしき老作曲家が、旅で滞在したベニスでこの世のものとも思えない美貌の少年に出会い、心を奪われ少年と言葉もかわすこともないままにその美に魅入られたようにして流行り病に倒れる、というストーリーは、ヴェネチアという町を舞台にしたからこそリアリティを獲得したのではないかと思います。

 「ヴェネチア風琴」は、そういったヴェネチアの魔性の魅力とも言うべきものをよく表現している作品です。もと神学生の大道芸人マルコの、謝肉祭(カルナヴァ−レ)の夜に出会った16才の貴族の美少年ジェンティーレとの短い関わりと心の触れ合いは、父のアドリア海での水難事故を知ったジェンティーレの覚悟の自殺によって終わりを告げます。毒を含みマルコに抱かれたまま彼の心臓は朝になると止まっているのですが、しらじらとした聖灰水曜日の朝の光が彼の細かい金髪を照り返している瞬間のシーンは映像として目に焼き付けられます。

 滅びの運命に抗うこともせず自死を選ぶ少年、というキャラクターが森川久美の作品には他にも「青色廃園」などで出てきますが、ここでそういう人生への対処の仕方について倫理的に考えるような野暮なことはせず、ひとつの美意識の表現であると純粋に受け止めて、その頽廃美のここちよい不安感にしばし身をゆだねるのがよいかと思います。

 古代ローマの歴史では、最初のピカレスクロマンと言われる「黄金のロバ」を書いたペトロニウスという文人貴族が、ネロ皇帝の怒りに触れて死刑を申し渡されることになったため、自邸で大晩餐会を開き、その直中で妻と共に手首の血管を開いて皆と歓談しながら自死していった、という話が伝わっています。このエピソードは歴史小説の「クオ・ヴァディス」にも使われていてかなり有名ですが、ひとつの死との向き合い方として考えさせられるものがあるのではないでしょうか。

(7)蘇州夜曲

 森川久美の美少年キャラクターの絵には、明らかに大正昭和初期の挿絵画家高畠華宵の美少年画の影響が見られますが、その本家がえりとも言うべき作品が「蘇州夜曲」「南京路に花吹雪」の30年代上海ものです。1930年代の上海を舞台にして、左遷された日本人新聞記者やボヘミアンの画家、日華混血の謎の美少年黄子満(ワンツーマン)、日本特務機関の軍人や大陸浪人、金髪のロシア人娼婦、などなど、いかにものステレオタイプのキャラクターが定石どおりのストーリー展開で、日中戦争に向かう時代背景の中でドラマティックに戦ったり愛したり憎んだりする物語は、まさしくあの「市川文庫」のリメイク版ともいえそうな、漫画というより懐かしの絶滅ジャンル絵物語の世界。

 この徹底した確信犯のアナクロニズム、これでもかというぐらいに追求してゆく絶滅ジャンルへの偏愛の情は、単なる懐古趣味のセンチメンタリズムと言うには強烈すぎ、あるいは単なる知識顕示欲というにもピュアでありすぎ、ローカルの逆襲とでも言えそうなおかしみのあるエネルギーさえ感じられてきます。

 金髪のロシア美女リリィが実は犯罪シンジケートのボス、チャイナ・クイーン(このネーミングも物凄い)であり、主人公の日本人新聞記者本郷に口を割らせるため自ら鞭打ちの拷問をしたり、謎の美少年黄子満が清王朝の血を引く母親と日本特務機関の黒幕の大佐との間にできた混血児で、二重スパイとして暗躍、父親と再会し無理矢理その父に口づけをされる、などといった絵的にサービス満点の場面設定も多くあり、しばし昭和初期の挿絵入り連載大ロマンの世界に浸り切る快感は忘れられません。

 こういうダイナミックな(大袈裟な)舞台設定ストーリー設定の荒唐無稽系B級フィクションの楽しみは、時代考証だの用語だの重箱の隅をつつくようになってきた?昨今ではなかなかもう味わうことができないものです。市民権をまだ得ていなかった頃の漫画だからこそ、まあ漫画ですから、で許されたエアポケットの時代であったからこそ、なのかもしれないとは思いますが・・・

  **So long 上海!!




            

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