佐々木けいこ セレクト・コミック 笠倉出版社

(1)信長君日記

 佐々木けいこの名前を知っている人はあまりいないでしょう。1980年前後に「田楽狭間の信長君」「信長君日記」など、織田信長を主人公にしたギャグ漫画を描いていた人ですが・・・少女漫画で歴史物のギャグというのは珍しかったのでよく覚えています。特に、素人くささの残る素朴な絵柄、少年のようにまっすぐで意地悪さやひねくれたところのないあっけらかんとしたギャグセンスも好感が持てました。

 だいたい、あの織田信長を「信長君」と君づけで呼んでしまうところがすごい。これは一応信長の少年時代の話ということになっていて、とぼけた少年のキャラクターとして信長君が巻き起こすバカげた日常の騒動を描いています。奥方の濃姫も「お濃」としてしっかり者のキャラで出てきます。こちらは信長君に突っ込みを入れる役割。うつけ者でとんでもない発想をする信長君が、なんとなくそれでも戦に勝ってしまい、いつのまにか天下統一・・・ギャグの中にもちゃんとした歴史の流れを取り入れてあるところがまた芸が細かい。

 一見繊細で洗練された線の、いわゆる少女趣味的な絵柄ばかりの中で、こういう絵があったりすると新鮮な驚きがあり何だか嬉しくなる。子供の頃からどうもいまひとつ内面おやぢであった私は、あまりにも綺麗で甘ったるい少女漫画の世界というのは、ずっと浸っていると恥ずかしさを覚え、ついついぶち壊しのどおーんとした照れ隠し行動を取りたくなるもので、佐々木けいこの女性的色気のまったくない子供じみた少年感覚にほっとするものを覚えたのでした。

 いわゆる女性的感覚、といっても漠然としていますが、ねっとりした色気だとか甘ったるさだとか微妙な意地悪さとか、いわゆる女性的な複雑さの感覚を苦手とする女性というのはけっこういるもので、そういう女性というのはいつまでも大人の女性になりきれないところがある。血中男の子度の高い女の子、と言えばいいのか、もしそのタイプがあるとしたら、佐々木けいこはきっとそういう女の子だったのだろうと思います。

(2)にんじゃにんぐ

 佐々木けいこの漫画のギャグセンスは、ともかく素朴でシンプル、子供っぽい嫌みのなさ、という、洗練させようとか格好をつけようとか、ともかく自分が何か得しようとする?せこい計算抜きの単純なエネルギーを感じさせるところが爽快でありほっとさせられるところだと思います。それは理屈や損得勘定は関係なく、押さえても押さえても湧き出てしまう破れかぶれの創作や表現のエネルギーというものであって、その点いい意味でのアマチュアリズムを感じさせます。こういったいささか型やぶりのセンスはその後商業主義的に洗練の度合いを増していく商業誌にではなく、同人誌の世界に受け継がれていくのですが・・・・

 「レスキュー にんじゃにんぐ」のネームを見てみると・・・

  忍者の時代は去った・・・・
  だが 創業四百五十年の伝統を誇り
  せこい 古い 早いをモットーに
  いまなお しつこく残る忍者屋敷があった

 忍者の家系の10代目の「若」 所天治は低血圧貧血寝起きの悪い中学生。登校途中でスケ番グループ「妖鬼卑」(ようきひ)にカツアゲされているお坊ちゃま学校の生徒を助けようとしますが・・・

  「時代遅れの忍者が 時流の最先端をいく ようきひグループにたてつこうって気かよっ」

 天治は忍術で相手の目をくらまし、しかし自分で自分の忍術に酔って肝心の被害者を救うのを忘れて姿を消してしまうポカミス。

  「だいたい忍者が学校に来ること自体がまちがっているのです。
   現代に存在するのは社会人と学生と教師だけでよいのです。」

 秀才の同級生がクールに言い放つところを、スケ番のしおみは先ほどの天治との立ち回りも忘れて反論し、びびる教師は「ここは諌めるべきか・・・しかし私は妻子ある身 ここでうっかり不良グループの報復を受けたら・・」と苦悩しますが、救いの終了ベルにほっとして、「では授業おしまい」と、教師の苦悩終了。

 天治のあまりにすっとぼけたのんびり脳天気な人のよさ、にぶさに心惹かれたしおみは、彼に助けられたことに素直に感動してしまい、「私あなたのあとをついで忍者になる」と決心します。

  「冗談だろ?」
  「あらん 不良なんてもうコリゴリよ。 それよか忍者になったほうがカッコイイし健全じゃん?」

   こうして 貴重な青春を忍者にかけるバカが ひとりふえたのだった

 こういう純朴なネームが、さらにやる気をなくさせるような嫌味まったくなしの素朴なへたうまの絵柄とすっきり合って、ますます心やすらぐ気分になってしまうのは、昨今の世の中がいよいよせちがらく気の抜けないものとなってきているからなのか、あるいは単に自分の難しいお年頃?のせいなのでしょうか・・・???

(3)蘭子先生

 ここ数年、テレビドラマで変な教師や個性的な教師を主役にしたものをよく見かけるようになりました。GTOや伝説の教師といった不良教師、問題教師や、実家がヤクザのボスである女性教師を扱った「ごくせん」など。現実の教育現場の先生がたはまじめで爽やか、一生懸命教育について悩みながら仕事なさっているのが普通なので茶化すのは失礼なことなのですが、といって、昔の青春ドラマや金八先生のように理想化された先生像というのも、ドラマ、フィクションとして見ると却ってリアリティを感じられなくなっているのも今どきの状況ではあるでしょう。「反面教師」としての教師像の方がいまや視聴者には受け入れられやすいようです。

 佐々木けいこのマンガでは、おかしな女性教師「蘭子先生」や、「浅墓まゆみ先生」が既に70年代終わりに出現しています。まだまだ教師は聖職イメージで、ドラマに出てくる女の先生といえば、眼鏡をかけたストイックな女性かあるいは美人で優しい、主役の熱血男先生の恋人役になる女性のどちらかのタイプしか見られなかった頃のこと、顔はいちおう美人に描かれているのにドライではちゃめちゃなオヤジみたいな性格の蘭子先生には素直に笑わされました。

 蘭子先生が世界史の教鞭を取っている極道高校では、世界史の授業は「こうして月日が流れ」と、手抜きだらけで一学期で終わらせるというヒドイ状態。「蘭子先生・・・第一次世界大戦の説明はそれだけですか?」とおずおず質問する秀才の生徒に、「おうそーだ おまえたちは毎年ちがうことを学べるが オレみたいな10年選手は毎年同じことを教えるからあきてくるんだよ わかる? このつらさが」と、あっけらかんと答える蘭子先生。

 蘭子先生が校庭でソフトボールをやってバットとボールで生徒たちをなぎ倒し全滅させると、校長が「だれだ! こんなことをしたやつは」と駆け付けるのですが、蘭子先生が「わはは・・・悪かったな校長」と頭をかいている姿を見たとたんおびえて、「いや 教師は元気なほうがいいのじゃ」と言い繕う始末。朝の出勤の時にさえ、そうじをしている校長に向かって「おう ごくろうだな校長」などと挨拶する蘭子先生は、無敵の怪物状態です。

 「なんだあ おまえ朝っぱらから宿題か?」
 「ちがいます 期末テストを作成してるんですよ」
     (うーっ 学年主任をつかまえて)<内心の声
 「しかしおまえもずいぶんトラの巻持ってんなー!」
 「参考資料といって下さい」
 という学年主任とのやりとりも素朴なおかしさ・・・

 突然テストを実施して生徒たちを大混乱に陥れた蘭子先生は腕組みをしながらこうつぶやくのでした。
「若者よ 悩め苦しめ 明日はおまえたちのものだ」


 

 



            

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