(1)グロリア

 女性アクションものでも、おばさん、じゃなくて熟女アクションものとでも言うべき、大人の女性のアクションものがアメリカ映画は特に充実していて面白いと思います。

 極端なところでは、ヒッチコックの「バルカン超特急」の中で、穏やかに微笑んでいた老婦人の乗客が実は国家の諜報部員で、いきなり大立ち回りを演じて線路にジャンプしたりするシーンが見ていて爽快でした。そういうビジュアル的な意外性、思わず視線を惹き付けてしまう絵づくりはさすがは天才ヒッチコックでありました。

 熟女アクションもの、おばさん系ハードボイルドの味わいは、やはり主人公の女性の物憂げでちょっと疲れたような、後ろ姿の哀愁、それと抱き合わせのユーモア感覚、といった陰影の深み、ではないかと思っています。ともかく、女優さんのキャラクターが大変にチャーミングなのです。若い女の子のアクションものは見ただけできれいで気持ちがいいですが、何と言えばいいのか、こういう人格の深み、微妙な苦味の混じった甘味の味わいは出てこない・・・やはり見た目の完璧な美しさの方がどうしても目立ってしまって、内面にまでこちらも入って行きがたいところがあるのです。従って、思い入れがしにくくなるきらいがあります。

 そういうことを、私は生意気にも子供の頃から感じていました。そして、初めて心からかっこいい、と思ったのは、78年頃に見た「グロリア」のジーナ・ローランズでした。

 ニューヨークの高層アパートに一人で住む少々くたびれた中年女性グロリアが、ある日同じ階のプエルトリコ系の一家がマフィアの抗争に巻き込まれて少年一人を残して殺されてしまう、という場面を目撃。その少年と共に、彼の命を狙うマフィアの一味と戦いながら逃亡生活に入ります。

 グロリアの前歴は謎に包まれていますが、ひとたび銃を取ると顔色ひとつ変えずに正確に引き金を引き、相手をなぎ倒してしまう凄腕で、はっきり言ってプロ中のプロ。これがまた、ジーナ・ローランズの迫力と威厳に満ちたルックスと相まって、ぶっきらぼうな優しさと思いやりもほの見え、実に渋くてかっこいい。

 天涯孤独の身でありながら、プエルトリコ系の少年を守って戦う姿、少年との少々恋人めいたやりとりには母性愛も感じられて・・・・しかも、グロリアは単に少年を守って押し寄せる敵を倒しているだけではなく、自分からマフィアの首領のところに乗り込んで行くのです。

 手下たちを倒して、マフィアのボスに銃を向けるグロリアに、ボスはこう呼び掛けます。
「グロリア、一緒に寝た仲じゃないか。」

 マフィアのボスとグロリアは、どうやら元恋人同士だったことが分かります。深く慣れ親しんだ者どうしにしか通じない、一瞬の視線のやりとり。グロリアはクールにボスに少年の命を助ける交渉をして、それからまた油断なく銃を構えたまま、少年と共にボスの前から逃亡するのです。

 ジーナ・ローランズは監督ジョン・カサベテスの奥さんでもありますが、このカップルは文句なしに渋い、とずっと思っています。

 

(2)私がウォシャウスキー

 「グロリア」は、90年代になってからシャロン・ストーン主演でリメイクされましたが、こちらはまた別の魅力が出ていました。徹底的に渋かったジーナと比べ、シャロン・ストーンはよりセクシーです。とはいえ、アクション・シーンは本物の迫力。なにせ、「トータル・リコール」ではあのシュワルツェネッガーの急所にケリを入れていたぐらいですから・・・・あれだけの完璧なブロンド美人にあそこまでやってもらえれば、もうすでにして一種の爽快感があります。

 もう一人、これも極め付け、と思われるのは「私がウォシャウスキー」のキャスリーン
・ターナーでしょう。キャスリーン・ターナーといえば、「白いドレスの女」で、真面目なエリート弁護士のウィリアム・ハートを転落させるファム・ファタル、ヴァンプのようなパーフェクトな悪女役を思い出しますが、こちらはそのパロディとも言えなくはないキャラクター設定です。

 V.I.ウォシャウスキーという、これまた時代遅れのハードボイルドの探偵みたいな名前の私立探偵が彼女の役。探偵事務所をやっていますが、依頼人はほとんどいません。ウデは確かなのですが、名前を聞いただけで犯人にまで吹き出され、バカにされる始末。姪らしき少女との掛け合いも一言一言がとぼけておかしい。

 ある事件の調査で犯人側に捕まった彼女の前に現れた犯人の一人はなんと中学の同級生だったふっくらすだれ頭の小柄なオヤジ。
「こいつは昔から気の強い女なんだよ」
「こいつは大学院出てるんだぜ。それが今じゃ所持金20ドルのしがない探偵だ」
と、せせら笑われて、
「よけいなお世話よ!」
とふてくされて言い返すところも笑えました。

 たてロールのかかったブロンドヘアにサングラス、ハードボイルド定番ファッションのトレンチコートという大げさなファッションも妙に大時代でおかしく、またそれが現実とずれているところもペーソスを感じさせる。こういうおかしみを存在だけでかもし出せる女優さんというのは、日本の映画ではなかなか見つけにくい。しかも、もともとが美人であれば尚更です。こういった、見かけだけでない女性キャラクターそのものの魅力を引き出し、十分に楽しんでいけるだけの、人間の魅力で勝負する女性、という概念が受け手側にいまひとつ発達していないのが原因なのかもしれません・・・だとしたら、けっこう惜しいことをしているのでは、と思います。





 

 
 

(3)極道の妻たち

 さて、おばさん、もとい、熟女アクションものがアメリカ映画だけの専売特許かと言えばそういうわけでもありません。一般におとなしめのイメージのはずのアジア女性でも、香港映画あたりはカンフーの達人のおばさんが出てきたりします。身のこなし、銃の扱いを見ているだけでも、相当に訓練を積んでいると素人目にもわかる動きのよさ。

 日本で熟女アクションに当たるのは、と考えてみたら・・・ありました。そう、「極妻」シリーズです。ただ、あれは着物姿で凄んでみせたりする気迫の勝負が多いようで、アクションそのもの、撃ちあいや殺陣となると、やはりいまひとつ迫力に欠けるような、リアリティが乏しいような・・・・そもそも、着物というのはアクションに最も向かないファッションの一つではないでしょうか。

 とはいえ、世界的に知られるジャパニーズ・マフィア、ヤクザの世界倫理?および美意識からすると、あのビジュアルは欠かせないポイントで、ほとんど動かないのに目つきの迫力だけで手下を動かしたり、気力で勝負したりするあの欧米人的にはナゾの戦い、非合理な精神世界の様式美、あれはやっぱり見て面白いのではないかと思います。極道の妻、というのは要するにジャパニーズマフィアのボスの妻なので、そうなると自分が大立ち回りを演じなくとも、組の若い者がしっかりと動いてくれたりするわけで、やっぱりそれは、個人の力というのではなく、役割の様式的力、組織的な力ということになるのでしょう。もしかしたら、そういうところにも日本的と言われる特徴が表れているのかも、などと思うのは読み過ぎなのかもしれませんが・・・。ともあれ、ビジュアル的には日本の極妻は個性的というよりはやはり美しいと思います。

(4)スノー・ホワイト

 さて、熟女アクションものの傑作はアメリカ映画に多いと思うのですが、ハードボイルド系あるいはそのパロディのコメディだけでなく、SFものでもおばさんアクション女優さんは大活躍しています。

 代表的なのが「エイリアン」シリーズのシガーニー・ウィーバー、「ターミネーター」1・2のリンダ・ハミルトンでしょう。こちらは異星人ものやロボット・サイボーグものとしての視点からも取り上げるので作品については詳しく書きませんが、熟女アクションものとして見た場合にも画期的といえる作品でした。

 シガーニー・ウィーバーという女優さんも私は大好きなのですが、彼女はもともと正統派美人で博士号を3つぐらい持っているという才媛でもあり、そういうところが却ってハリウッドでは嫌われて? ずっと役がつかなかったそうです。「エイリアン」ももともとは男性を主役に据える予定だったところを、70年代後半という当時の時代の流れもあって、監督が目先を変えようとして女性を採用したらしいのですが、この最初から最後まで宇宙服を着たままのリプリー中尉役が彼女の代表作になってしまったところが皮肉といえば皮肉かもしれません。

 得体の知れない侵入者エイリアンにおびえつつ、閉ざされた宇宙船の中で最善を尽くし生き延びようとする彼女の戦いの姿は、男性に比べて見た目が小柄で華奢で、デリケートさを感じさせるがゆえに、ビジュアル的にエイリアンの恐怖をリアリティあるものにしていたと思います。

 シガーニー・ウィーバーは、「ゴースト・バスターズ」では少々嫌味なアーチストの女性をパロディ化した役を楽しそうに演じていましたし、ライバル役など悪役も厭わず誠実に演じているところが性格のよさやきまじめさを感じさせて好感が持てます。「ハーフムーン・ストリート」という作品では、昼間は考古学者、夜はコールガールという役で、こちらも彼女ならではの味が出ていました。コールガールとして客の家に行く時にも、それらしい派手なファッションを身につけることができず、いかにも先生らしい?お堅い感じのベージュのスーツなどを着て行くところも楽しかったです。普通なら、こういう設定の映画では衣装で変身するところを見せ場にするはずなのですが、彼女だとそれが却って無理があるぐらいに、内面で勝負するというキャラクターがしっかりしているということなのでしょう。

 白雪姫の童話を映画化した「スノーホワイト」では、彼女は白雪姫の継母役を演じていましたが、王妃でしかも魔女なのに、自ら変装して白雪姫にりんごを渡しに行ったり、夫の国王を暗殺して一人でその身体を引きずって運んだりと、全部一人で自ら汗を流して?悪事を働いていたところが働き者というべきか、貧乏性というべきか、魔法を使うか家来にやらせればいいじゃん、と、思わず突っ込みたくなるような努力家ぶりでした。これを見ているだけでも、ここまで努力家では悪人としては効率が悪くて不器用だし向いてないよなあ、と思わずにはいられない、愚直なほどの彼女のまじめさが私は好きです。




 
 

 

 



            

©2001-2002 chatran